標準化は、なぜいつも「遅れて」やってくるのか

― JPQRと標準型電子カルテ、そして医療の現実解 ―

夕方、スーパーでゆうちょPayが使えなかった。

エラーメッセージは「バーコードの有効期限が切れています」

結局その場では理由が分からず、

「ゆうちょPayのメンテナンスらしい」という説明で処理されたが、

後で確認すると、ゆうちょPay側には障害もメンテナンスもなかった。

実際、別の店舗では普通に使えた。

SEとして見れば、原因はだいたい想像がつく。

店舗側のPOS、あるいは決済ゲートウェイの一部不具合。

特定の決済手段だけが落ちるのは、珍しい話ではない。

それ自体は、正直どうでもいい。

問題は技術トラブルそのものではなく、説明のされ方だった。

「わからない」ではなく「誤った説明」

現場のスタッフが原因を把握できないのは仕方ない。

だが、「ゆうちょPayのメンテナンス」と断定的に説明されると話は変わる。

本当は、こう言えば済んだはずだ。

「当店側の決済システムで、一部の決済手段が不安定になっている可能性があります」

この一言が言えない。

あるいは言わせない運用設計になっている。

この構造に、強烈な既視感があった。

JPQRという「正しかったが遅すぎた標準」

少し前、日本には JPQR という共通QR決済仕様があった。

経産省主導で、QRコード決済を統一しようという試みだ。

思想は正しかった。

むしろ、かなり真っ当だった。

店舗は1つのQRで複数決済に対応 実装の複雑さを減らす 利用者も現場も迷わない

だが、結果としてJPQRは主役になれなかった。

理由は単純だ。

出てくるのが遅すぎた その時点でPayPayが市場を押さえていた 標準は「正しい」より「早い」が勝つ

標準化は、後出しした瞬間に負けが決まる。

そして、医療でも同じ構図が始まっている

いま医療分野では「標準型電子カルテ」という言葉が踊っている。

掲げられている理念は美しい。

ベンダーロックインからの脱却、データ互換性の確保、医療DXの基盤整備、FHIR等を前提とした将来接続性

思想そのものは、否定しようがない。

JPQRと同じく、理念は100%正しい。

だが、SEとして、そして医療情報学会に出席している立場から見ると、

どうしても引っかかる点がある。

医療の標準化で、本当に守るべき線

ここで一つ、はっきり言っておきたい。

医療の場合、内部DBは各社バラバラでいい。

これは妥協ではない。

現実を踏まえた設計判断だ。

診療科ごとの業務差 施設規模の違い 既存資産(データ・運用・教育コスト) ベンダーごとの思想と強み

内部DBまで標準化しようとすれば、

移行コストは爆発し 現場は疲弊し 結局、誰も幸せにならない

これは、医療情報学会に継続的に出ている人ほど共有している感覚だと思う。

本当に標準化すべきなのは「その先」

重要なのは、ここだ。

内部は自由でいい。

その先、データの出力先を標準にする。

つまり、

内部実装:各社自由 外部表現:厳密に標準 接続点(IF):明確な責任分界

この考え方は、これまで医療情報分野で積み重ねられてきた、

HL7 FHIR SSMIX2

と完全に同じ系譜にある。

標準とは、

中を揃えることではなく、外に出すときに迷わないことだ。

JPQRとの決定的な違いと、同じ失敗

JPQRは、

表(QR)を共通化しようとした しかし裏(実装・責務分界)が曖昧だった

一方、医療で取るべき道は逆だ。

中は触らない 外に出すところだけ縛る 責任の境界を明確にする

もしここを誤れば、

医療でもJPQRと同じ未来が待っている。

看板だけの標準 実装は各社バラバラ しわ寄せは現場と情シスへ

決済と医療の決定的な違い

QR決済なら、使えなければ別の手段に逃げられる。

医療は逃げられない。

だからこそ、

表面上は「進んでいるように見える」 問題は静かに蓄積する 最後に疲弊するのは現場

これは技術の問題ではない。

制度設計と標準化の哲学の問題だ。

おわりに

技術は嘘をつかない。

だが、制度はときどき嘘をつく。

「標準」という言葉は、

現場を楽にするために使われるべきだ。

もしそれが、

現場を黙らせるための言葉になったとき、

その標準化は、すでに失敗している。

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