「横から失礼します」と「アクセス権リクエスト」の共通点——チャット文化と情報のサイロ化を考える

最近、仕事のコミュニケーションでずっと感じていた「小さなモヤモヤ」の正体が見えてきた。

きっかけは、チャットでの「横から失礼します」という一言や、ドキュメントの「アクセス権が限定されている」状況。これらは別々の問題に見えて、実は根っこでつながっているのではないか。

1. 「横から失礼」という見えない壁

チャットは本来、オープンな広場のようなものだ。面白い話があれば誰でも混ざればいいし、知恵を出し合えばいい。しかし、そこで「横から失礼します」と一言添えないと入れない感覚。これは、会話を「特定の誰かの所有物」と捉えているからこそ生まれる遠慮だ。

特に女性や若手がこれを多用するのは、マナーを欠いたと見なされた瞬間に「敵認定」されるリスクを本能的に避けているからかもしれない。心理的安全性が高いはずのチャットツールで、わざわざ「防弾チョッキ」を着て会話をしているような、そんなもどかしさを感じる。

2. GWSが「ファイルサーバー」化する不幸

Google Workspace(GWS)を使っているのに、いまだにアクセス権がガチガチに管理され、閲覧するたびに「リクエスト」を送らなければならない。これも「横から失礼」と同じ、「情報の私有化」だ。

本来、共有ドライブにあるべき情報が「誰かのマイドライブ」から共有されていると、情報の出所がわからなくなり、サイロ化が加速する。システムは「共有」を前提に進化しているのに、使う側のマインドが「許可制」の古いファイルサーバー時代のままなのだ。

3. 「Ubieのカルチャー」を読んで気づいたこと

先日、Ubie(ユビー)のカルチャーガイドを読んでいて、理想的な組織のあり方を再認識した。情報の透明性を高め、不必要な儀礼を排除する。そこには「敵認定」のない、本質的な「コト」に向き合う姿勢がある。

現実はそこまで甘くない。管理側の都合や、無意識の自衛策として「。をつけない」工夫や「絵文字選び」に時間を費やす文化がある。

4. 私は「いつも通り」で行く

社会や組織の文化をすぐに変えることはできない。だから私は、こう決めている。

  • 「横から失礼」とは言わない。
  • アクセス権がないなら、どうしても必要な時だけ事務的に申請する。
  • 見れないなら見れないで、今ある手札で勝手にやる。

「許可」を待って足を止めるより、自分のペースで淡々と仕事を進める。それが、このまどろっこしいデジタル社会を生き抜く、私なりの生存戦略だ。

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